AIが“思考”を身につける日?LLMを強化学習で“賢く”する最前線

AIが“思考”を身につける日?LLMを強化学習で“賢く”する最前線
2025年1月29日

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チャットボットや文章生成AIなど、いわゆる「大規模言語モデル(LLM)」がここ数年で急速に進化しているのは、みなさんも肌で感じているのではないでしょうか。たとえば文章の要約やメールの下書きはもちろん、小説のアイデア出しやプログラムのコード補完など、AIが書く文章の自然さや多様さは日増しに向上しています。

しかしそんなLLMにも、いまだ課題は残っています。特に「論理的に推論する」ことや「筋の通った思考プロセスを示す」ことは、多くの研究者が頭を悩ませているポイントです。人間のように「根拠を整理し、条件を比較し、導いた答えを説明する」というプロセスは、AIにとってとても難しいスキル。場合によっては答えが正しそうに見えても、中身が伴っていない “ハリボテ” の推論になってしまうこともしばしばです。

そこで新たに注目されているのが、「LLMが推論能力を身につけるように報酬(インセンティブ)を設計する」という手法です。今回ご紹介する論文「DeepSeek-R1: Incentivizing Reasoning Capability in LLMs via Reinforcement Learning」(arXiv, 2025年1月公開)では、強化学習を活用してLLMに“思考”を促し、より高いレベルの推論力を発揮させようと試みています。ちょっとワクワクする最先端の話題ですよね。本記事では、この研究の重要なポイントを3つの視点から探っていきたいと思います。

LLMの「推論力」を高めるってどういうこと?

まず最初の視点は「そもそもLLMの推論力とは何か?」というところから。LLMは膨大なテキストを学習し、入力文章(プロンプト)に対して適切な出力を生成します。ただし多くの場合、その背後にある思考過程はブラックボックス化されがちです。たとえば、「世界人口は何人ですか?」と聞かれたら、学習データから推定して「80億人前後」と答えるかもしれません。でもその答えを導くための手順や根拠を丁寧に説明してくれるかというと、なかなか難しい。

ここで言う「推論力」とは、単に最終的な答えが合っているかだけでなく、その答えに至るまでのプロセスの妥当性や筋の通し方が重要になってきます。つまり、“合っているけど説明ができない” ではなく、合っている上に説明まで筋道立ててできる” のが理想というわけですね。こうした推論力を獲得させるために、研究者たちはモデル内部での思考プロセス、いわゆる「チェーン・オブ・ソート(Chain of Thought)」に注目しています。

強化学習の活用|“ご褒美”で思考を伸ばす

次に取り上げるのは、この論文でも大きなカギとして登場する強化学習(Reinforcement Learning)。強化学習というのは、簡単にいえば「ある行動をとったときに得られる報酬を最大化しようとする学習手法」です。犬に「お手」を教えるイメージを思い浮かべるとわかりやすいかもしれません。犬がうまく「お手」をできたらエサをあげて褒める。その結果、犬はエサがほしくて「お手」を覚える――この仕組みが“報酬を介した学習”ですね。

ではLLMに対してはどのように報酬を設計すればいいのでしょうか。通常の文章生成AIなら、「ユーザーにとって役立つ情報を返す」とか「文法的に正しい文章を返す」などが報酬の基準になりがちです。ところが、この論文「DeepSeek-R1」では“推論プロセス” そのものに対して報酬を与えるというアイデアを打ち出しています。

例えば、問題を解くために複数のステップを丁寧に踏んで筋道を立てられたら、その分だけ高いスコア(報酬)を与えるという仕組みです。これにより、モデルは「最終的な答えが正しいかどうか」だけでなく、「いかに合理的に手順を踏んだか」も重視して学習を進めます。いわば、“回答” だけでなく “解き方” も評価されるわけです。

研究チームによる実験では、単に答えの正解率が向上しただけでなく、モデルが解答過程をきちんと説明する傾向が強まったと報告されています。これは私たち利用者側からすると、なぜその答えになったのか納得しやすくなるメリットがありますし、モデルが誤った場合にも検証がしやすくなるという利点があります。

未来への可能性と課題|推論力の強化で広がる世界

最後に、今後この手法がどのように私たちの生活に関係してくるかを考えてみましょう。推論力が強化されたLLMは、複雑なタスクや専門性の高い領域でもより信頼性のあるサポート役として活躍できる可能性を秘めています。たとえば医療や法務のように、正確な根拠や手続きが求められる分野では、どう考えてその結論に至ったのかを“説明できるAI”はとても重宝されるでしょう。

一方で、課題もまだまだ山積みです。たとえば“推論プロセス”への報酬設計がうまく機能しすぎると、モデルが表面的に「もっともらしいステップ」をただ並べるだけ、というケースも考えられます。つまり、結局は「見せかけの正しさ」を追求する “論理っぽいふり” のような動きもあり得るわけです。これではせっかくの強化学習も本末転倒ですよね。

さらに、推論プロセスをすべて公開してしまうことで、個人情報や機密情報に関わるようなヒントが漏えいするリスクも指摘されています。説明責任が求められる一方で、どこまで説明すべきか、どう取り扱うのか――ここのバランスは今後も議論が必要だと考えられます。

まとめ|AIと人間の“考える力”をつなぐ

今回ご紹介した「DeepSeek-R1: Incentivizing Reasoning Capability in LLMs via Reinforcement Learning」は、単なる高性能化だけでなく、モデルがどのように答えを導くかという “思考” の部分に目を向けた画期的な試みでした。推論プロセスへ報酬を与えるという発想は、「AIが自ら考えているように見える」体験をさらに一歩先へ進めてくれるかもしれません。

もちろん、現時点ではまだ課題も多いし、人間のような複雑な思考をそのまま実装できるわけではありません。それでもこの研究が示すように、「推論の筋を通すAI」 という未来像は確実に見え始めています。使う側である私たちも、AIの答えを鵜呑みにするのではなく、「どうしてその答えにたどり着いたの?」と問いかけ、AIの推論プロセスを理解しようとする姿勢が大事になってきそうです。

そんなちょっと先の未来、AIはただ言われたことに答えるだけの存在ではなく、“共に考えるパートナー” へと変貌を遂げていくのかもしれません。論文で提案されたような仕組みがさらに洗練されれば、近い将来、私たちは日常会話をするような感覚でAIと一緒に議論し、問題解決へ向けて頭を突き合わせる光景を目にすることになるでしょう。こうした進化の一端を知ると、AIの行く末にますます興味がわいてきますよね。

出典:「DeepSeek-R1: Incentivizing Reasoning Capability in LLMs via Reinforcement Learning」arXiv, 2025年1月公開

芝先 恵介

芝先 恵介

メンター|生成AIスペシャリスト

外資系業務ソフト会社を経て2002年に起業、代表に就任。2013年に会社を売却し、翌年からスタートアップや大企業の新規事業立ち上げ支援に尽力。大学や公的機関での非常勤講師、DXアドバイザー、中小企業アドバイザーとしても活躍中。現在は、(株)01STARTを設立し、新規事業開発や営業DXのコンサルティング、生成AIに関するセミナーに数多く登壇。

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