AIが代わりに買い物してくれる時代がやってくる?ペイパル×グーグル提携が示す未来の商取引

AIが代わりに買い物してくれる時代がやってくる?ペイパル×グーグル提携が示す未来の商取引
2025年9月25日

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「今日の晩ご飯、何にしよう…」と冷蔵庫の前で悩んでいるうちに、AIアシスタントが「いつものパスタの材料が切れそうですね。近所のスーパーで特売中のトマト缶と、お気に入りのパルミジャーノチーズを注文しておきましょうか?」と提案してくれる──そんなSF映画のような世界が、思っているより早くやってくるかもしれません。

2025年9月17日、オンライン決済の巨人ペイパルと、検索エンジンでお馴染みのグーグルが手を組むという大きなニュースが飛び込んできました。この提携の核となるのは「エージェントコマース」という新しい概念。簡単に言えば、AIが私たちの代わりに買い物をしてくれる仕組みです。

AIショッピングアシスタントの時代が本格化

想像してみてください。朝起きてコーヒーを飲もうとしたら、豆が残り少ない。以前なら「あ、買い忘れた!」と慌てていたところを、AIアシスタントがすでに気づいて、あなたの好みのブランドを最安値で見つけて注文済み。明日には新しいコーヒー豆が届く──これが「エージェントコマース」の世界です。

今回の提携で特に注目すべきは、ペイパルの豊富な決済データとグーグルのAI技術を組み合わせることで、より精度の高い「おすすめ」が可能になる点です。例えば、あなたが普段オーガニック食材を好んで購入している履歴があれば、AIはその傾向を学習し、新商品が出た時も自動的にオーガニックのものを優先して提案してくれるようになります。

面白いのは、この仕組みが単なる「便利ツール」を超えて、私たちの消費行動そのものを変える可能性があることです。衝動買いが減る一方で、本当に必要なものを適切なタイミングで購入できるようになるかもしれません。

安全性とプライバシーへの挑戦

もちろん、AIに買い物を任せるとなると、気になるのはセキュリティです。「勝手に高額商品を注文されたらどうしよう」「個人情報が悪用されないか心配」といった不安を抱く人も多いでしょう。

この点について、両社は慎重なアプローチを取っています。グーグルは先日、「エージェント主導の決済を安全に実行する新しい仕組み」を発表済み。具体的には、AI代理購入には必ず上限金額の設定や、特定カテゴリーの商品については事前承認を求めるなどの安全装置が組み込まれる予定です。

また、ペイパルの持つ決済技術のノウハウも重要な要素です。同社は長年にわたってオンライン決済の安全性を高めてきた実績があり、この経験がAI時代の新しい決済システムにも活かされることになります。

ただし、プライバシーの観点では新たな課題も生まれます。AIがより良いサービスを提供するには、私たちの購買パターン、好み、生活リズムなど、かなり詳細なデータが必要になるからです。便利さと引き換えに、どこまでの情報開示を受け入れるかは、私たち消費者一人一人が考えるべき問題と言えるでしょう。

小売業界の大変革が始まる

この提携が業界に与える影響も見逃せません。ペイパルのアレックス・クリスCEOは「将来は商取引の大部分がエージェント主導になる」と明言しており、小売業界全体の地殻変動が予想されます。

従来のECサイトでは、消費者が能動的に商品を検索し、比較検討して購入に至るのが一般的でした。しかし、エージェントコマースの世界では、AIが消費者の代理となって最適な商品を見つけ出し、最良の条件で取引を成立させます。これは、従来の「販売戦略」の根本的な見直しを企業に迫ることになります。

例えば、これまでは目を引くキャッチコピーや魅力的な商品画像で消費者の注意を惹くことが重要でしたが、AI相手にはそうした感情的なアピールは効果的ではありません。代わりに、商品の客観的なスペック、価格競争力、配送の迅速性といった「合理的な判断基準」がより重要になってくるでしょう。

また、中小企業にとっては新たなチャンスとなる可能性もあります。AIは先入観なく商品を評価するため、知名度の低いブランドでも、品質や価格で優れていれば適切に評価され、消費者に推薦される機会が増えるかもしれません。

仮想通貨決済の普及も加速か

今回の提携で見逃せないもう一つのポイントは、暗号資産(仮想通貨)決済への対応です。ペイパルは既に仮想通貨決済サービスの拡充を進めており、クリスCEOは「将来の商取引は暗号資産にも対応することになる」と述べています。

これまで仮想通貨は投資対象としての側面が強く、日常の買い物で使う人はまだまだ少数派でした。しかし、AIエージェントが最適な支払い方法を自動選択する時代になれば、為替レートや手数料を瞬時に計算して、その時点で最もお得な決済手段を選んでくれるようになるかもしれません。

「今日の買い物は円よりビットコインで払った方が0.3%お得」といった判断を、人間が毎回するのは現実的ではありませんが、AIなら簡単にこなせます。このような技術的なメリットが、結果的に仮想通貨の日常利用を促進する可能性があります。

私たちの生活はどう変わる?

では、実際に私たちの生活にはどのような変化が訪れるのでしょうか。まず期待できるのは、「買い物の手間」からの解放です。定期的に購入する日用品や食材については、AIが在庫状況を把握して自動的に発注してくれるようになれば、買い忘れによる困った経験は大幅に減るでしょう。

一方で、買い物の「楽しみ」という側面については複雑な問題が生まれそうです。新しい商品との偶然の出会いや、店頭で商品を手に取って選ぶ喜びは、効率重視のAIショッピングでは得られにくいかもしれません。

また、家計管理の面でも変化が予想されます。AIが最適化した購入であっても、結果的に支出が増える可能性があります。「必要なタイミングで最適な商品を」という理屈で、気づいたら予算をオーバーしていた、なんてことも起こりうるでしょう。

準備は着々と、サービス開始は年内にも

ペイパルのクリスCEOによると、この提携に関連する新しいサービスや製品は、2025年の第4四半期(10-12月)にも導入される見通しだということです。つまり、私たちが実際にこの新しいショッピング体験を試せるまで、もうそれほど時間はかからないかもしれません。

当初は限定的な機能からのスタートになると予想されますが、Google CloudやGoogle Ads、Google Playでのペイパル決済対応など、基盤となる仕組みは着実に整備されていきます。

これまでのIT業界の歴史を振り返ると、こうした基盤技術の導入後は意外なスピードで普及が進むことが多々ありました。スマートフォンの普及や、コロナ禍でのオンラインサービスの急拡大などがその例です。AIショッピングも、一度便利さを実感した消費者によって急速に受け入れられる可能性があります。

まとめ:変化を楽しみつつ、賢く付き合おう

ペイパルとグーグルの提携が示すのは、テクノロジーがもたらす利便性と、それに伴う新たな課題の両面です。AIが代わりに買い物をしてくれる未来は魅力的である一方、プライバシーやセキュリティ、そして人間らしい「選ぶ楽しみ」をどう保持するかは私たち次第です。

重要なのは、新技術を盲目的に受け入れるのでも、頑なに拒絶するのでもなく、その特性を理解して上手に活用することです。定期的な日用品の購入はAIに任せて時間を節約し、特別な贈り物や趣味のアイテムは従来通り自分で選ぶ──そんな使い分けができれば、テクノロジーと上手に共存できるのではないでしょうか。

変化の波は確実にやってきます。それを不安に感じるよりも、新しい可能性として楽しみながら、賢く付き合っていく姿勢が大切です。来る「AI買い物代行時代」を、私たちはどう迎えるでしょうか。

参考:Bloomberg「PayPal and Google Expand Partnership to Power Agentic Commerce」(2025年9月18日)

芝先 恵介

芝先 恵介

メンター|生成AIスペシャリスト

外資系業務ソフト会社を経て2002年に起業、代表に就任。2013年に会社を売却し、翌年からスタートアップや大企業の新規事業立ち上げ支援に尽力。大学や公的機関での非常勤講師、DXアドバイザー、中小企業アドバイザーとしても活躍中。現在は、(株)01STARTを設立し、新規事業開発や営業DXのコンサルティング、生成AIに関するセミナーに数多く登壇。

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