Skype終了から学ぶ、デジタルビジネスの栄枯盛衰と市場変革の教訓

Skype終了から学ぶ、デジタルビジネスの栄枯盛衰と市場変革の教訓
2025年4月18日

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「電話料金がかからない!」「海外とでも無料で話せる!」
そんな魅力的なフレーズとともに、2004年に登場したSkype。それまで国際電話をかけるには高額な通話料が必要でしたが、パソコンとインターネット回線さえあれば、世界中の誰とでも無料で会話できる時代の幕開けとなりました。

2025年5月5日、そのSkypeは21年の歴史に幕を下ろします。一時は全世界で同時接続ユーザーが7000万人を超えていたこのサービスが、なぜZoomやTeamsなどの後発サービスに押されて姿を消すことになったのでしょうか? 今回はSkypeがもたらしたコミュニケーション革命と、デジタルサービスの世界の厳しい現実について考えてみましょう。

インターネット通話の革命児

2004年に正式版がリリースされたSkypeは、ビジネスとプライベート両方のコミュニケーションに革命をもたらしました。スウェーデンとデンマークの起業家によって開発されたこのサービスは、P2P(ピア・ツー・ピア)技術を駆使し、既存の通信インフラに依存しない画期的なシステムを構築。それまでの通信業界の常識を覆し、国境を越えた無料通話という新しい市場を切り開いたのです。

2005年にはビデオ通話機能が加わり、ビジネスミーティングから家族の絆まで、あらゆるコミュニケーションの質を向上させました。その革新性と市場創造力は、2005年にイーベイが買収し、2011年にはマイクロソフトが85億ドル(約1兆円)という巨額で買収するほどの価値を持っていたのです。

ITジャーナリストで成蹊大学客員教授の高橋暁子さんは、こう評価します。

「まさにコミュニケーションの革命でした。海外にいても、不便な国際電話ではなくパソコンとインターネットを使って、こんなにも自由に顔を見て、話すことができる。その解放感が人気を集めた最大のポイントです」

私自身も10年ほど前、初めて海外留学した際にSkypeの恩恵を受けました。毎週末、実家の両親とSkypeで顔を合わせるのが何よりの楽しみでした。当時はまだスマートフォンも一般的ではなく、SNSも今ほど発達していない時代。Skypeがあったからこそ、海外での孤独感を乗り越えられたと言っても過言ではありません。

「元気そうね」「今日は疲れた顔してるけど大丈夫?」といった、テキストメッセージでは伝わらない微妙なニュアンスや表情が見られることの安心感は計り知れないものでした。Skypeの登場によって、私たちのコミュニケーションの質は確実に向上したのです。

栄光から転落への道

しかし、そんな革命児も時代の波に飲み込まれていきます。Skypeが衰退していった背景には、大きく分けて2つのターニングポイントがありました。

1. スマホ時代への対応の遅れ

2010年代に入ると、スマートフォンの普及が急速に進みます。日本国内のスマートフォン比率は2010年にはわずか4%でしたが、2015年には50%を突破。この流れに乗ったのが、LINE(日本)やWhatsApp、中国のWeChat(ウィーチャット)などのモバイルネイティブのコミュニケーションアプリでした。

高橋さんはこう分析します。

「スマホが広まり、モバイルでの使い勝手が何より求められる時代になるなかで、Skypeはパソコン用の設計から抜け出せませんでした。その時代に大勢のユーザーが流れてしまったのが最初の失敗だったと思います」

確かに私も、LINEが登場してからは家族や友人との連絡手段はほぼそちらに移行しました。LINEのシンプルなインターフェースと、スマホでの操作のしやすさは、特に日本人の私たちにとって直感的だったのです。

2. Zoomの台頭と使いやすさの差

そして2020年、コロナ禍によるリモートワークの広がりでビデオ通話の需要が爆発的に増加します。これはSkypeにとって大きなチャンスだったはずです。しかし蓋を開けてみると、Zoomが圧倒的な支持を集めることになりました。

「デジタル化の窓口」の調査によると、組織で主に利用されているWeb会議システムは、Zoom(41.7%)、Microsoft Teams(34.7%)、Google Meet(9.3%)と続き、Skypeはわずか3.6%にとどまっています。

なぜZoomがここまで支持されたのでしょうか? それは「シンプルさ」と「使いやすさ」にあります。

「例えばZoomは、URLを共有すればログイン不要、ワンクリックで参加できるなど新しい相手ともストレスなくミーティングを始められる手軽さを売りにシェアを広げました。一方、Skypeはまずアカウントにログインし、相手のアカウントとつながって……という煩雑な手順が必要だと思われたことが影響したと推測されます」と高橋さんは指摘します。

確かにSkypeにも会議参加用のリンクを生成する機能はありましたが、長年の「アカウント同士がつながる必要がある」というイメージが定着してしまっていたのでしょう。

また、Skypeを運営するMicrosoftが別のビデオ通話サービス「Teams」に注力し始めたことも、衰退に拍車をかけました。自社内での競合が生じ、Skypeの革新が止まってしまったのです。

テクノロジーサービスの厳しい現実

Skypeの栄枯盛衰からは、デジタルサービスが直面する厳しい現実が見えてきます。

まず、「先駆者のジレンマ」です。最初に市場を切り開いた企業やサービスは、その成功体験から抜け出せず、次の変化に対応できないことがよくあります。Skypeは「パソコンでつなぐビデオ通話」というコンセプトを確立しましたが、モバイルファーストの時代への転換に乗り遅れてしまいました。

次に「使いやすさの重要性」です。技術的に優れているだけでは生き残れません。Zoomが示したように、「ワンクリックで参加できる」といったシンプルな体験が、ユーザーの心を掴むのです。

さらに「企業買収後の迷走」という問題も見逃せません。Skypeは2005年にイーベイに買収され、2011年にはマイクロソフトが85億ドル(約1兆円)で買収しました。巨額の買収にもかかわらず、Microsoftは最終的にTeamsに経営資源をシフトさせ、Skypeの進化が止まってしまったのです。

Skypeが残した遺産

アメリカ在住の40代女性はこう語ります。

「Skypeにはいろいろな思い出があります。大学時代に留学生の夫と出会い、夫が帰国したあとは毎日Skypeで通話していました。私がアメリカに来てからも、家族や友人とつないでたわいもない会話をすることが本当に楽しかった。いつからか使わなくなってしまったけれど、人生を豊かにしてくれたひとつのツールだったし、今の生活もSkypeがあってこそだと思います」

こうした個人の思い出だけでなく、Skypeが残した最大の遺産は「インターネットを通じたビデオコミュニケーション」という概念を一般化したことでしょう。今では当たり前になったビデオ通話ですが、その土台を築いたのはまぎれもなくSkypeだったのです。

高橋さんはこう締めくくります。

「何もなかったところに市場を開拓し、新たなコミュニケーションの形をつくったSkypeは素晴らしいサービスでした。先駆者であり開拓者だったSkypeの記憶はこれからも残ると思いますし、今使われているアプリもSkypeの土台があったからこそ。魂はいろいろなサービスに引き継がれていると思います」

イノベーションの連鎖と市場変革の教訓

かつての革新的サービスが市場から姿を消していくのは、デジタルエコノミーの厳しい現実です。Skypeの21年間の軌跡は、私たちビジネスパーソンに多くの教訓を残しています。

第一に、「イノベーションの連鎖」の重要性です。Skypeが切り開いた道は、Zoom、Teams、Google Meetなど後発のサービスによって洗練され、私たちの働き方や生活様式を大きく変えました。イノベーションは単独の企業や製品で完結するものではなく、市場全体で連鎖的に進化していくものなのです。

第二に、「ユーザー体験の最適化」がビジネスの成否を分けるという現実です。Skypeが持っていた技術的優位性よりも、Zoomが提供した「URLをクリックするだけで会議参加」という簡便さが市場を席巻した事実は、極めて示唆に富んでいます。

そして最後に、企業買収後の「経営資源の適切な配分」の難しさです。Microsoftが85億ドルという巨額投資をしながらも、最終的にはTeamsにリソースをシフトせざるを得なかった意思決定の背景には、テクノロジー企業が常に直面する困難な選択があります。

Skypeという一つのサービスの終焉を通して見えてくるのは、デジタル時代における市場変革の速さと、そこで生き残るための企業戦略の重要性です。5月5日、静かに幕を閉じるSkypeの物語から、私たちはビジネスイノベーションの本質について、多くを学ぶことができるでしょう。

芝先 恵介

芝先 恵介

メンター|生成AIスペシャリスト

外資系業務ソフト会社を経て2002年に起業、代表に就任。2013年に会社を売却し、翌年からスタートアップや大企業の新規事業立ち上げ支援に尽力。大学や公的機関での非常勤講師、DXアドバイザー、中小企業アドバイザーとしても活躍中。現在は、(株)01STARTを設立し、新規事業開発や営業DXのコンサルティング、生成AIに関するセミナーに数多く登壇。

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