日本で生成AIの利用率が上がらない本当の理由

日本で生成AIの利用率が上がらない本当の理由

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ChatGPTやClaudeなどの生成AIが登場してから1年以上が経過しました。SNSでは「AIで仕事が変わった」「人生が変わった」という投稿が目立ちます。しかし実際には、これらのツールを積極的に活用している人はまだ少数派ではないでしょうか。

特に日本の生成AI利用率は諸外国と比べて著しく低い状況です。総務省の2024年版情報通信白書によると、個人の利用率はわずか9.1%。これは中国(56.3%)や米国(46.3%)と比較すると5分の1以下にとどまっています。

企業においても同様の傾向が見られます。マイクロソフトとLinkedInの共同調査では、ビジネスシーンでの生成AI活用率は日本が32%と19カ国中最下位。最上位の中国(91%)やシンガポール(88%)と比較すると大きな差があります。

なぜこのような差が生じているのでしょうか? 調査によれば、日本人が生成AIを利用しない理由として「使い方がわからない」(4割以上)と「生活に必要ない」(4割近く)が挙げられています。特に「生活に必要ない」と回答する割合は他国と比較して日本が最も高くなっています。

しかし本稿では、より本質的な「自分に返ってこない問題」が存在すると考えます。つまり、AIを活用しても個人に十分なメリットが感じられない状況が、日本における低い利用率の根本原因ではないか—という視点から考察を進めていきます。

「知識不足」だけが原因ではない—本質的な問題は「見返り」の欠如

「日本人はAIリテラシーが低い」「技術的な知識が不足している」—このような分析は頻繁に見受けられます。確かにこれらの指摘には一定の妥当性があるでしょう。しかし、それだけが本質的な要因なのでしょうか。

多くの日本人が内心抱いているのは、「これを使って努力しても、自分自身に何かメリットがあるのか」という疑問ではないでしょうか。新しいツールの習得には相応の時間と労力が必要です。その投資に見合うリターンが見込めなければ、誰しも積極的な活用に二の足を踏むことになります。

あるITコンサルタントは次のように述べています。「企業でAI活用を推進しようとすると、ほぼ例外なく『コスト削減』や『業務効率化』が目的として掲げられる。しかし、それは組織が利益を得るだけで、実際に使用する社員にとっては新たな負担が増えるだけという構図になりがちだ」

確かに、「組織のため」という動機だけでは、持続的なモチベーション維持は困難でしょう。

米国と日本:AIスキル評価システムの相違

この観点において、米国と日本の間には顕著な差異が存在します。

米国企業では、生成AIを効果的に活用できる人材が適切に評価され、そのスキルがキャリア形成にも反映される制度が整備されています。例えば「AIプロンプトエンジニア」という新たな職種が確立され、相応の報酬で人材募集が行われているケースも見られます。AIを活用して成果を創出すれば、昇進や報酬増加に直結しやすい評価体系が構築されているのです。

データサイエンティスト協会の調査によれば、生成AIを業務に導入している割合は日本が10.9%であるのに対し、米国は25.9%と2倍以上の差があります。また「利用を検討している」人まで含めると、日本が20.0%に対し米国では42.0%となっており、米国の方が生成AIの活用に積極的であることがわかります。特に、年代別では米国の20〜40代において導入率が高く、世代間の差が顕著です。

対照的に、日本企業の現状はどうでしょうか。多くの組織では短期的な業務効率化のみに焦点が当てられ、個人へのリターンを設計する視点が欠如しています。「AI活用能力を適切に評価する」という明確な基準を持つ企業は、現時点では少数派と言わざるを得ません。

NRIセキュアテクノロジーズの調査によると、生成AIサービスの導入率は日本企業が18.0%であるのに対し、米国企業では73.5%と約4倍の差があります。さらに、「利用禁止のため未導入」と回答した割合は日本企業で10.1%と、米国企業の0.9%と比較して10倍以上高く、日本企業が生成AI導入に慎重な姿勢を取っていることが分かります。

ある大手製造業に勤務する30代の社員は次のように述べています。「上司から『AIを活用した業務改善』を指示されましたが、結果的には業務負担が増加しただけで、給与やポジションには何の変化もありませんでした。これでは積極的に活用する意欲も失せてしまいます」

このような状況では、革新的技術の持つ潜在的価値が十分に活かされないことになります。

「自分が得する」と感じられる仕組みづくりが鍵

では、この状況を変えるには何が必要なのでしょうか?

答えは単純です。AIを活用することと個人の成長や利益をつなげる仕組みが必須なのです。先駆的な企業では、すでにこうした取り組みが始まっています。

例えば、あるIT企業では「AIスキル習得者への特別手当」を導入し、AIを使った業務改善提案にボーナスポイントを付与するシステムを作りました。また、別の企業では「AI活用度」を人事評価の一部に組み込み、昇進の要件にしているところもあります。

こうした制度があれば、「AIを使うと自分にも返ってくる」と実感できますよね。そうすれば自然と、生成AIの利用率も上がっていくことでしょう。

個人レベルでできること:小さな成功体験を積み重ねる

とはいえ、会社の制度が変わるのを待っているだけでは、時間がかかりすぎます。個人レベルでできることもあるはずです。

まずは、生成AIを使って「小さな成功体験」を積み重ねてみてはどうでしょうか。例えば、次のような使い方から始めてみるのはいかがでしょう:

  • 日常の小さな作業(メール文面の作成、アイデア出し)でAIを活用する
  • 自分の趣味や副業でAIを試してみる
  • 学習目的で、AIとの対話を楽しんでみる

あるフリーランスのデザイナーはこう話します。「最初は仕事で使うのが怖かったけど、まずは自分の趣味の小説創作でAIを使ってみたんです。そしたら予想以上に役立って、『これは仕事にも使えるかも』と思えるようになりました」

小さな成功体験を通じて、「AIは自分の武器になる」という実感が湧いてくれば、自然と活用の幅も広がっていくでしょう。

会社側に求められる変化:評価制度の見直し

一方、企業側にも変化が求められています。生成AIの時代にふさわしい評価制度への見直しが必要です。

具体的には、次のような取り組みが考えられます:

  1. AI活用スキルを評価項目に明確に組み込む
  2. AI活用による業務改善提案に対する報酬制度を設ける
  3. AIを活用した成功事例を社内で共有・表彰する
  4. AI関連の学習時間を業務時間としてカウントする

ある中堅企業の人事部長はこう語ります。「社員が新しい技術を学ぶのは、最終的には会社にとってもプラスになります。だからこそ、『AIを学ぶ時間』も仕事として認め、給与や評価に反映させる仕組みを作りました。すると、自発的に勉強する社員が増えましたね」

こうした先進的な取り組みが、もっと多くの企業に広がることが望まれます。

生成AI活用の「日本モデル」を作る

ここまで読んで、「でも日本企業の現状を考えると難しいよね」と思った方もいるかもしれません。確かに、年功序列や終身雇用を基盤とした日本の雇用慣行の中で、突然アメリカ型の成果主義を導入するのは容易ではありません。

しかし、日本ならではの「生成AI活用モデル」があってもいいのではないでしょうか。例えば:

  • チーム全体でAIを活用し、その成果をチーム評価に反映する
  • 個人の成長を重視し、AI活用によるスキルアップを人事評価の対象にする
  • 若手とベテランが協力してAIを学び合う「AI道場」のような文化を育てる

日本の強みである「チームワーク」や「長期的視点」を活かしたアプローチが可能なはずです。

あるスタートアップのCEOは言います。「日本企業はAI活用で遅れをとっていると言われますが、いったん本気を出せば、日本らしい独自のモデルを作れると思います。実際、うちの会社では『全員でAIリテラシーを高める』という方針を掲げたところ、若い人だけでなく50代、60代の社員も積極的に学び始めました」

結論:「自分に返ってくる」という実感が変革を促進する

日本において生成AIの利用率が低迷している根本的な要因—それは多くの人々が「活用しても自分自身に十分なリターンがない」と認識していることにあるのではないでしょうか。

この状況を改善するためには、個人レベルでの成功体験の蓄積と、組織側の評価制度の抜本的見直しの両輪が不可欠です。さらには、日本固有の文化的背景や組織的強みを活かした独自のAI活用モデルの構築も重要な課題となります。

究極的には、「AIを活用することで自己成長が実現できる」「AI活用能力がキャリア発展につながる」という実感を得られる環境が整備されれば、日本社会における生成AIの普及も自然な形で進展していくでしょう。

新たな技術の社会的受容においては、時代を問わず「個人にとっての意義」を見出せるかどうかが決定的な要素となります。読者の皆様も、生成AIの活用が自身にもたらす価値について、改めて考察してみてはいかがでしょうか。


※本コラムは、Forbes JAPANの記事「生成AIの利用率、日本であまり上がらない理由」を参考に執筆しています。

芝先 恵介

芝先 恵介

メンター|生成AIスペシャリスト

外資系業務ソフト会社を経て2002年に起業、代表に就任。2013年に会社を売却し、翌年からスタートアップや大企業の新規事業立ち上げ支援に尽力。大学や公的機関での非常勤講師、DXアドバイザー、中小企業アドバイザーとしても活躍中。現在は、(株)01STARTを設立し、新規事業開発や営業DXのコンサルティング、生成AIに関するセミナーに数多く登壇。

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