ディズニーがAIに「待った!」をかけた 著作権をめぐる挑戦が示す未来への分岐点

ディズニーがAIに「待った!」をかけた 著作権をめぐる挑戦が示す未来への分岐点
2025年6月30日

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SNSで「ダース・ベイダーがパリのランウェイを歩いている」なんて画像を見かけたことはありませんか?もしかしたら、それはAIが生み出した「偽物」かもしれません。そして今、あのディズニーが「もう我慢できない!」と立ち上がったのです。

2025年6月11日、ウォルト・ディズニーとNBCユニバーサルが、AI画像生成ツール「Midjourney(ミッドジャーニー)」を著作権侵害で訴えました。この訴訟、実はハリウッドのメジャースタジオが初めてAI企業に法的措置を取った歴史的な出来事なんです。まさに「AI時代の著作権戦争」の火蓋が切って落とされたと言えるでしょう。

AIが生み出す「そっくりさん」の正体

まず、今回の騒動の主役であるMidjourneyについて説明しましょう。このサービスは、テキストを入力するだけで驚くほどリアルな画像を生成してくれるAIツールです。「宇宙船に乗るダース・ベイダー」と入力すれば、まるで映画のワンシーンのような画像が数秒で完成します。

でも、ここに大きな問題が潜んでいました。ディズニーとユニバーサルの110ページに及ぶ訴状では、MidjourneyがAIプレイヤーとして「無数の」著作権のある作品を盗んでソフトウェアを訓練したと主張しています。つまり、AIが「学習」する際に、許可なくディズニーやユニバーサルの映画から大量の画像を取り込んでいたというのです。

訴状に添付された証拠画像を見ると、確かに驚くほど本物そっくりなキャラクターたちが並んでいます。ホーマー・シンプソン、シュレック、ミニオンズ、そしてスター・ウォーズのキャラクターたち。これらがすべてAIによって生成されたものだとすると、本当に見分けがつかないレベルです。

年間300億円を稼ぐ「海賊版製造機」?

Midjourneyの急成長ぶりも驚異的です。2021年に設立されたMidjourneyは、2024年には約3億ドル(約300億円)の収益を上げ、2024年9月時点で約2100万人のユーザーを抱えています。月額10ドルから120ドルのサブスクリプション料金で、ユーザーは好きなだけAI画像を生成できるシステムです。

ディズニーとユニバーサルは、これを「仮想的な自動販売機、無限の無許可コピーを生成するもの」と表現しています。つまり、著作権のあるキャラクターを使って商売をしている「海賊版製造機」だというわけです。かなり辛辣な表現ですが、確かに言い得て妙かもしれません。

興味深いのは、Midjourneyのビジネスモデルです。同社はすでに暴力的や性的なコンテンツの生成を制限する技術を持っているにも関わらず、著作権のあるキャラクターについては野放し状態でした。訴状によると、ディズニーとNBCユニバーサルは事前にMidjourneyに対して著作権素材の制限を求めていましたが、同社はこれらの要請を無視していました。

「創造性の基盤」を守る戦い

この訴訟の背景には、エンターテインメント業界の深刻な危機感があります。NBCユニバーサルの法務責任者キンバリー・ハリスは「創造性は我々のビジネスの基盤です」と述べ、「私たちを楽しませ、インスピレーションを与えてくれるすべてのアーティストの努力と、コンテンツへの多大な投資を守るために今日この行動を起こしています」とコメントしています。

一方、ディズニーの最高法務責任者ホラシオ・グティエレスも興味深い発言をしています。「私たちはAI技術の約束に強気であり、人間の創造性をさらに促進するツールとして責任を持って使用される方法について楽観的です。しかし、海賊行為は海賊行為であり、AI企業によって行われているという事実が、それを侵害性を低くするものではありません」

つまり、ディズニーは決してAI技術そのものを敵視しているわけではありません。むしろ、適切に使われればクリエイティブな可能性を広げるツールとして評価しています。問題は、その使い方なのです。

AIの「学習」は人間の学習と同じなのか?

Midjourneyの創設者でCEOのデビッド・ホルツ氏は、過去のインタビューで興味深い反論をしています。2022年のAP通信とのインタビューで、彼は自社のサービスを「一種の検索エンジンのようなもの」と表現し、著作権の懸念について「人は他人の絵を見て、それから学び、似たような絵を作ることができるのでしょうか?明らかに、それは人々には許されており、もしそうでなければ、プロのアート業界全体、おそらく非プロの業界も破壊してしまうでしょう」と語っています。

これは確かに一理ある意見です。人間のアーティストも他の作品から影響を受け、学び、自分の作品を創造します。では、AIの「学習」と人間の学習に本質的な違いはあるのでしょうか?

しかし、スケールの問題があります。人間が一生をかけて見る作品の数と、AIが数時間で処理できる作品の数には雲泥の差があります。また、人間は作品を見て「インスピレーション」を得るのに対し、AIは画像のピクセル情報をそのままデータとして蓄積します。この違いが著作権法上どう扱われるべきかが、今回の訴訟の核心となる争点なのです。

業界全体を揺るがす「前例」の重要性

今回の訴訟で最も注目すべきは、その「前例」としての意味です。法律の専門家たちは、この判決がAI業界全体の未来を左右する可能性があると指摘しています。

もしディズニーとユニバーサルが勝訴すれば、AI企業は今後、著作権のある素材を訓練データに使用する際に、事前に許可を得る必要が生じる可能性があります。これは、AI開発のコストを大幅に押し上げ、業界の構造を根本的に変える可能性があります。

逆に、Midjourneyが勝訴すれば、AI企業はより自由に訓練データを使用できるようになり、急速な技術発展が続くでしょう。しかし、その一方で、クリエイターたちの権利はより脅かされることになります。

興味深いのは、他の大手スタジオ(ソニー、ワーナー・ブラザーズ、ネットフリックス、アマゾンなど)が今回の訴訟を注視していることです。場合によっては、彼らも訴訟に参加する可能性があります。

「海賊行為の底なし沼」vs「創造性の新時代」

訴状の中で、ディズニーとユニバーサルはMidjourneyを「典型的な著作権のただ乗り」であり、「盗作の底なし沼」と厳しく批判しています。彼らの主張によれば、Midjourneyは「一銭も投資することなく」彼らのキャラクターを複製し、それで利益を上げているというのです。

一方で、Midjourneyは現在進行中の訴訟について詳しくコメントできないとしながらも、CEOのホルツ氏は「Midjourneyは非常に長い間存続すると思います。みんな私たちに存続してほしいと思っています」と自信を見せています。

この対立は、単なる法廷闘争を超えて、創造性とテクノロジーの関係について根本的な問いを投げかけています。AI技術が人間の創造力を拡張するツールなのか、それとも既存の創造者を脅かす脅威なのか。その答えは、まだ誰にも分からないのです。

私たちユーザーにとっての意味

この訴訟は、私たち一般ユーザーにとっても無関係ではありません。現在、多くの人がSNSでAI生成画像を楽しんでいますが、今後は著作権を意識する必要が高まるかもしれません。

また、AI技術の発展スピードも影響を受ける可能性があります。より厳しい著作権規制が敷かれれば、AI画像生成サービスのクオリティや多様性が制限される可能性があります。その一方で、クリエイターの権利がより守られることで、長期的にはより健全なコンテンツ産業の発展につながるかもしれません。

興味深いことに、全米映画協会(Motion Picture Association)も今回の訴訟を支持し、「強力な著作権保護は我々の業界の背骨です」との声明を発表しています。年間2600億ドル以上をアメリカ経済に貢献している映画業界全体が、この問題を重要視していることがうかがえます。

結論:創造性の未来をかけた戦い

今回のディズニー対Midjourneyの訴訟は、単なる企業間の法廷闘争を超えて、AI時代における創造性の在り方を問う重要な分岐点となっています。

AI技術の可能性は無限大ですが、それが既存のクリエイターや企業の権利を踏みにじって良いわけではありません。一方で、過度な規制によってイノベーションの芽を摘むことも避けなければなりません。

この裁判の行方は、私たちがどのような未来を選択するかを示すバロメーターとなるでしょう。この戦いは、まさに現代の「美女と野獣」ならぬ「権利と技術」の物語なのかもしれません。

そして何より大切なのは、この議論が単なる法的な勝敗に終わらず、技術と創造性が共存できる新しいルールづくりにつながることです。AIも人間も、お互いを高め合える関係を築けるかどうか。その答えは、私たち一人ひとりがこの問題にどう向き合うかにかかっているのです。

芝先 恵介

芝先 恵介

メンター|生成AIスペシャリスト

外資系業務ソフト会社を経て2002年に起業、代表に就任。2013年に会社を売却し、翌年からスタートアップや大企業の新規事業立ち上げ支援に尽力。大学や公的機関での非常勤講師、DXアドバイザー、中小企業アドバイザーとしても活躍中。現在は、(株)01STARTを設立し、新規事業開発や営業DXのコンサルティング、生成AIに関するセミナーに数多く登壇。

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